映画「ジェーン・ドウの解剖」あらすじ

主人公・オースティンは、父のトミーを手伝い、自宅で検視解剖の仕事をしていました。その日、オースティンは彼女とデートに出かける予定が入っていたのですが、急遽保安官が死体を運びこんできます。身元不明の若い女性の死体は、「ジェーン・ドウ(名無しの権兵衛)」と名付けられます。この死体は、一家惨殺事件のあった家の地下に埋められていたものでした。殺されていた家族とは関わりがないと思われるこの死体が、なぜ埋められていたのか。一見外傷は無さそうに見えるが、死因はなんなのか。保安官は急いでそれを確かめて欲しいと依頼します。トミーはこれを引き受け、オースティンも彼女とのデートを延期して、「ジェーン・ドウ」の死体の解剖に臨みます。
死体を調べたところ、やはり死因となるような外傷は見つかりませんでしたが、しかし死体の手首・足首が骨折していることがわかります。手足どちらも粉砕骨折しており、これは拷問の跡ではないかと考えられました。そして口の中を見ると、舌が抜き取られているのを発見します。手足を骨折させられ自由を奪われ、舌を抜かれて言葉も喋れないようにする。この死体は人身売買をさせられた死体ではないかと、トミーは睨みます。
更に解剖を進めていくと、切開した部分からまるで生きているかのように血が流れ出します。そして内臓は傷つけられ、肺は火事の現場にいたかのように熱傷の跡がありました。綺麗なまま保存されていた外見にくらべ、体の内部の損傷は著しく、トミーの長い検視官としての経験の中でも初めてのことでした。やがてこの地方に嵐が近づき、解剖室の電気が落ちた時。ジェーン・ドウの死体が動き出し、自分を拷問した者への復讐を開始したのでした。

映画「ジェーン・ドウの解剖」感想

1970年代に「人間解剖」という映画があり、これは本当に人体を医者が解剖していく「ドキュメント映画」で、医学的見地から撮影されたものを怖いもの見たさ的観点から映画化した、悪趣味映画の極地とも言える映画だったのですが。この「ジェーン・ドウの解剖」は、「人間解剖」の70年代的おぞましさ、モラル度外視っぷりを21世紀に蘇らせた映画と言っていいでしょう。解剖されるのが「目だった外傷もなく腐敗もしていない、若く美しい女性の死体」というのが更に悪趣味的な好奇心をそそる要因となっています。しかし、さすがに劇映画として解剖シーンだけで構成するわけにはいかないので、父と子の会話、息子は付き合っている彼女がいるなど、ドラマ的要素を盛り込んで「物語」を組み立てていきます。観客の興味はやがて、この美しい死体の死因はなんなのか?という点に注がれていくのですが、終盤は忠誠の魔女裁判の時代に拷問された上に殺された女性の復讐が始まる完全なホラー映画となっています。おぞましい解剖シーンの前半ととホラー仕立ての後半が両方楽しめる、お得な映画だとも言えます!

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